Maj. James Bukharの幸福な朝
遅い朝食の用意を始めようとしたところに、優雅に二度寝を決め込んでいたはずの彼の声がした。足音もなく近付いておれの横に立つと一言「見ていてもいいか」と零は珍しいことを言った。一体どういう風の吹き回しだと訝ったが、それでも、おれは笑って承諾する。泡立て器と卵の入ったボウルを前に難しい顔をしている彼を「やってみるか」と誘う。背後から腕を回して泡立て器を握った彼の手に自分のそれを添え、最初の数回で要領を掴ませた。卵を間にして針金と金属製のボウルが擦れ合う感触が心地好い。後ろから覗き込むようにしているおれの鼻先が目の前の黒髪をふとかすめ、洗い髪のシャンプーが香る。俯くと目元にかかる髪が今は珍しく耳にかけられている。その髪が一束ぱさりと落ちた。その様がひどく艶めかしかった。何かに熱心に見入ったり、手指を動かすのに集中している時の彼には、その真摯な表情はもちろん、細く形の良い爪の造形にさえいとおしさを覚える。こういったことはどれだけ言葉を尽くしてみたところでまず他人の理解を得られるものではないと解っているし、反面、そう易々と解られてたまるかという気持ちもある。しかし、やはり言葉に置き換えてみずにはいられないものだ。作業が火の上に移ってからは手際が勝負だった。こればかりは二人一緒にという訳にはいかないので、よく見ておけよと言ってから小刻みにフライパンを揺すり続ける。みるみる黄金色の木の葉の形が姿を現す。「あざやかなもんだな、ジャック」 小さな賞賛の声。だがそれ以上に、彼が呼んだ自分の名が存外に甘く響き、小さく肩が震えた。些細で小さな、だが至上の悦びを覚える瞬間。不審げにこちらを見上げる彼の唇の端にそっと口づけてみる。卵はもう皿の上に鎮座している。彼の薄い下唇を軽く食む。拒まれなかった。料理が冷めない程度に先を続けた。彼の性格を考えれば、こんな場所で許されるとは到底思えないほど、長く丁寧なキスになった。そういえば初めての時、零が言ったのは「だめだ」という一言だった。「嫌だ」とは一度も言わなかった。
とりとめもなく述べたが、要はただの惚気話だ。